ぶらっとJapan

足の向くまま、気の向くまま。おもに京都・大阪近郊をぶらぶらするブログです。

難波のライオン ~ 大阪市北区から中央区 ~

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 昨日の中之島バラ園でも一枚アップしましたが、難波橋のライオンが気になりまして、今日も引き続きのご紹介です。

 大阪ルーキーの私は知らなかったのですが、難波橋は別名ライオン橋として親しまれているそうですね。確かに、橋を渡ろうとして

「なぜこんなところにライオン!?」

 とびっくりするのです。だってかなりの大きさですよ? 

「三越かっ!」

 と、ツッコミを入れたくなります。

 調べてみたら、反対側にも両袖に一頭ずつ、合計4頭のライオンがこの橋にはいるそうです。ちなみに私は北浜側の2頭を撮ってきました。

 難波橋時代の歴史は古く、奈良時代に行基が架けたという伝承があるそうですが、明治末期までは今より一本西の難波橋筋に架かっていました。それを市電を通したいつうことで、今の堺町筋に移設され、1912年(明治45年)には市電が開通したそうです。橋の上を市電! 楽しそうですね。

今は車でいっぱい。

 さらに3年後(大正4年)に近代的な鋼製の橋に生まれ変わり、その時にヨーロッパの有名橋にならってライオン像を置いたそうです。その時代は、ライオン自体が珍しくてとっても人気があったみたいです。ちなみに老朽化により橋自体は1975年(昭和50年)に架け替えられて現在の姿になっています。

 ヨーロッパにならって、という割に日本的なこのライオン、神社の狛犬みたいにちゃんと「阿吽」(あうん)の口をしてるんですよね。冒頭の写真が「阿」。

こちらが「吽」(うん)。

 市電が通るくらいだから、交通の要所として重要なのはもちろんですが、橋の周辺っていうのは、橋からの眺望が良かったりとか、川沿いで涼しいとかで夏の遊び場としての機能もありました。

確かに大阪、暑いんですよ。木陰とか遮るものがないから、直あたり、びかーっって感じで、日傘をさしている女性がホントに多いです。そうやって人が集まるから公園ができたり、茶店が出たりするんですよね。

現代の茶店。形を変えて伝統は引き継がれています。

 

この辺りをうろついていて、初めて明治や大正の頃の大阪人が想像できました(笑)

「あっついなぁ、かなわんでぇ」

とか言いながら、はだけた着物にカンカン帽で扇子をぱたぱた(あれ? 某落語家さんとかぶってます?)仰ぎながらライオンの周りに群がって

「ほぉ、これが『らいおん』ちゅうもんかいな。けったいなカッコしとるのぉ。首回りあせもだらけちゃうんかい」

とか言いもって、皆様ぐいぐい前に出てきたりして。

飽きたら水辺でビールでも。うーんいいですねぇ。

その頃はもう少し川はきれいだったのかしら。

 春が終わり、初夏の風の匂いがする頃、すこしだけ大阪に近づけた気がします。

本日お気に入りの一枚。